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August 20, 2006

わたしが思う、ライブとは。

 さてさて、ロックロックこんにちは!in仙台2DAYSから早い物で3日経ちました。
 ここはまずライヴレポと行きたいのですが、前説が長いことで有名な(?)このブログですので、
 もう開き直って前説をすぱんと切ってしまおうと思います。
 だから今日は前説だけ!(そう云う切り方かよ)

 今日のテーマは『わたしが思う、ライブとは』

 まず最初に言っておかなければならないことは、
 ロックロック初参戦だったわたしが体験した二つのこと。

 初日、音速ライン/Peridots/スガシカオ/bonobos/スピッツと出演者も多いこの日、
 驚いたことにスタンディングとは思えないほど会場のノリが悪かったのです。
 アーティストがどれだけ盛り上げようとしてもその場に立ち尽くしているだけ。
 それこそ、「あなたたちには興味ないわ」と言わんばかり。
 しかも、この時わたしの後ろに立っていたカップル。「○○○は嫌いだ」だの
 「さっきのアーティスト、時間押し過ぎ」だのと、悪口のオンパレード。
 ものすごく不愉快でした。
 この日は立ち尽くすだけのライブになるのかと思っていたのですが、
 スピッツが出てくるや否や、前にぎゅーっと押し出してくる観客。
 そして、そこからようやくフツウのスタンディングライブの環境に突入。

 2日目、この日の整理番号は128番。入場整理の枠は250番単位で区切られているので
 最初に場内に入れる、1〜250番の列に並んでいました。
 しばらく並んでいるとおばさん2人に話しかけられました。
 「何番ですか?」
 「ここは1〜250番の列です。」
 大分人も集まってきて、列が解らなくて尋ねてきたのだと思いそう答えたら、
 「だから、あなたは何番なんですか?」
 ムッとされたように訊き返されました。
 128番だ、と告げると「じゃあここよりは後ろね」とわたしたちとその後ろの人たちとの
 間に割り込みました。
 その後も何人もの人が番号を訊きにきます。中には訊くだけ訊いて、自分の方が
 整理番号が大きいと知りながらわたしたちの前に堂々と並ぶおじさんもいました。

 こんなことがあったのです。
 初日に関してはぐうの音も出ません。
 自分の知らないバンドだから、興味がないからと言って立ってるだけ、
 ってのはないでしょう。スピッツであれだけのノリを見せられるのなら、どうして
 他のアーティストでも同じように盛り上がれないんですか?
 「同じように」とまでは行かなくても、立ち尽くしはあんまりです。
 自分の好きなアーティストにしか乗れない人はフェス、イベントの類いのライブには
 個人的には参加してほしくありません。
 単純にアーティストに失礼だと思うのです。
 確かに好きでもないアーティストに対しても騒げと云うのは、
 こちらにも失礼承知で、スピッツファンの年齢層を考えると酷かも知れません。
 しかしステージに立っているのが誰であれライブにはliveで返してあげるのが
 観客としての最低限の礼儀だと思います。
 生の演奏には生の反応を示す、大切なことなんじゃないんですか?
 「おともだちが発表している時は教科書に落書きなんてしてないでしっかり意見を
 聞いていなさい。」って、自分の子供に言ったことありませんか?
 だったら、それを自分にも言ってみてくださいよ。
 スピッツファンは皆真面目な方が多いと聞きますので、きっと学生時代から優秀で
 意見を聞き入れてもらうどころか聞いてももらえなかった経験などないのでしょうね。
 クラスの中心とまでは云わなくても、何か一つ発信すれば、広く皆に受け入れて
 もらえたんでしょうね。
 まるで、音楽シーンにおけるスピッツのように。

 

 2日目にはただ唖然。
 今までスタンディングライブには何度か参戦してきましたが、こんなことは初めてです。
 1〜250番で列を作る場合、その範囲内の整理番号なら例え250番であっても一番最初に
 来たならトップで並ぶ資格はあるし、逆に1番を持っていても時間ギリギリに来たなら
 その列の最後尾に並ぶのが通常でした。
 実際、スタンディングなんて中に入ってしまえば押し合いへし合い。
 スタンディングで前をキープするために必要なのは、若い整理番号より寧ろ、
 常識の範疇での前に出て行く要領の良さでしょう。
 それがスタンディングの醍醐味だと思っている人もわたしだけじゃないはず。
 わたしは整理番号に一々拘るのは、乱暴な言い方をしてしまえば無意味だし
 馬鹿馬鹿しいと思っています。それでも細かい番号に拘りたい人がいるのは事実、
 ならば、自分は少しでも前に行きたいからと1人1人番号を確認するくせ自分より
 若番だと解っていながら気づいていないからと堂々と前に並ぶ、そんな卑怯なことを
 するのはやめてください。
 そこまでしてスピッツが見たいんですか?
 わたしはそんなことまでして見ても楽しくなどない。
 そんなスピッツのライブには何の価値もない。

 メジャーシーンに於いてまだまだマイナーなバンドに冷たいのも、
 細かな数字を気にして他人を蹴落とす姿勢も、
 わたしが嫌いだったあの世界に似ている。
 実績が、名前がないものは無意味な存在だった。
 全国順位、内申点、偏差値、どんぐりの背比べでも、ミリ単位下なら嘲笑の対象。
 ああ、嫌だ嫌だ。

 わたしが好きなのはスピッツじゃない。ウルフルズじゃない。アートスクールじゃない。
 ブルーハーツじゃない。ハイロウズじゃない。クロマニヨンズじゃない。
 真島昌利じゃない。甲本ヒロトでもない。わたしが好きなのはライブなのだ。
 ステージに誰が立っているかなんて問題じゃない。演奏の上手い下手もセットリストも
 照明も音響も演出も衣装もそんなこと大した問題じゃない。どうだっていい。
 大切なのは、オーディエンスが喜んでいることだ。
 下北沢SHELTERなら250人、Zepp Tokyoなら2500人、武道館なら10000人が、
 それだけの人数すべてが一つのものに熱狂している。
 これ以上大切なことなんて、ない。
 音に合わせて突き上がる手で視界が覆われても、皆が喜んでいるならわたしはしあわせだ。
 スニーカーを泥だらけになるまで踏まれても、皆が喜んでいるならわたしはしあわせだ。
 痣だらけになるほど押されても、皆が喜んでいるならわたしはしあわせだ。
 あの空間に居られさえすれば、わたしはしあわせなのだ。

 そう云う意味じゃ、今回のロックロックはしあわせじゃなかった。
 しあわせなのはほんの僅かな時間だった。

 おそらく、このliveーライブに対する考え方はわたしのlifeー人生観にも、
 そのまま当てはまる。
 わたしは博愛主義者じゃないし、どちらかと言えば自己中だ。
 でもこれだけは言える。

 誰かが喜んでいる姿が見られるから、わたしはライブが好き。
 誰かを喜ばすことができる、そう云う意味でわたしは、あの人たちと同じ場所に立ちたい。
 勉強はまるでダメ、スポーツ大会では足手まとい、人付き合いが天才的にヘタ。
 そんなわたしが、ほんの一瞬でも誰かの役に立てた瞬間が、確かにあった。
 その一瞬があれば、他にはもう何もいらないと思えた。
 人はそれを極論だと笑ったけれど、わたしにはそうなのだから仕方がない。
 だからこうして今、極端な生活をしてるんです。 

 ともだちに「あんたは東京で破滅して終わりだよ」と何度も言われました。
 それでも良いです。
 わたしが破滅して、それで喜んでくれる人がいるなら、わたしはしあわせ。

 あなたがヒロイン、わたしがヒール。
 それであなたがしあわせなら、わたしはそれで良い。
 あなたが学年9位、わたしが10位。
 それであなたがしあわせなら、わたしはそれで良い。

 そうやって、今までやってきた。

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コメント

初めまして。前々から拝見していましたが、今回初めてコメントさせてもらいます。
実際に会場にいたわけではないので分かりませんが、ただ一つ言えるのは、「スピッツだってマイナーバンドだった時期があった」ということ。いや、むしろマイナーバンドだった時期が長かったと言えます。単純にデビューしてから「ロビンソン」まで5年くらい。そのオバサマ、オジサマがその時点でファンになったのかは知りませんが、それを知っているなら、仮にスピッツだけを見に来たのだとしても、マイナーバンドに対して、それがマイナーであるがゆえに差別をするのは自己矛盾だと思うんです。
ただ、スピッツが夏フェスに参戦する事自体が珍事であり、そのためにスピッツファンに「フェス」という、ものに関する常識が欠如していた面もあるのはやむを得ない点もあると思います。

最後に、個人的にはゆぅさんが破滅するのを見て喜ぶ人間を喜ばせるのならば、むしろ例えば「イマジン」で人々にラブ&ピースを訴えるような感じのほうがいいとは思います。別にそんなにすごい事は出来なくても、考え方一つだと思います。

投稿者: どざえもん (Aug 21, 2006 6:07:35 PM)

コメントありがとうございます。
返信が遅くなってすみませんでした。

スピッツファンがフェスに対して順応性が低い(あまり良い言い方ではないですね。でも他に思いつきませんでした)ことは有名ではありますが、正直、ここまですごいとは思ってませんでした。スピッツ主催のロックロックがまったりした空間になるのは寧ろ自然な状況なのかも知れません。と、2日目の奥田民生とゲストのPuffyの時を考えるとそう思えます。スピッツをメインで捉える以上この雰囲気は仕方のないことなんでしょうね。「常識」と言うか「ジェネレーションギャップ」と言うか、よく分かりませんが、スピッツのライブに『当たり前』を求めちゃいけませんね。ロックとポップの間をユラユラしているのがスピッツの良い所でもあるのですから…多少の弊害には目を瞑るべきなのかもです。

わたしはそう簡単に破滅するつもりはありませんのでご安心を(笑)一体ともだちが何を基準に破滅と言っているのかわたしにはさっぱりですが、一流企業に就職できないでコンビニでレジを打っていれば破滅だと言う意味であるのならそんなものわたしには痛くも痒くもありません。死ななきゃなんでもいいや、とある種開き直りの境地です。

投稿者: ゆぅ (Aug 22, 2006 8:26:31 PM)

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