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October 23, 2005

鈴虫を飼う

B00006HBEY さてさて、前述した通りめでたく『スピッツ歌詞研究室』の
 常連研究員になりましたゆぅさんは、日常の馬鹿話披露は
 ちょいと置いておきまして、日本の音楽界に眩く輝く真っ白な犬に
 ついて語ろうかと思う次第であります。

 今日うちの妹(4歳)に「誰が一番かっこい〜い?」と『JAPAN』の
 スピッツのピンナップを見せたらひたすら崎ちゃんを指差しておりました。
 (ちなみに隣のページでは電気グルーヴが某ぺ様のカッコして写ってました)
 そんなこともちょろりと報告しつつ早速公約破棄疑惑。

 本日のBGMは、秋深し隣は何をする人ぞ…鈴虫を飼う人ぞ、と言うことで
 またもや2nd『名前をつけてやる』より“鈴虫を飼う”…

 

 ただいま『名前をつけてやる』フェア(略してなまつけフェア)実施中〜。

 テツヤさんの作曲です。
 あのお方は、見た目は「隣のバンドの人」なのに、
 お作りになられる曲は繊細でシンプルなものばかりですね〜。
 こうわたしのこころの琴線をぽろろんぽろろん弾くような…
 まさにそんな曲です、“鈴虫を飼う”。
 そして本当にぽろろん弾いてます(琴ではなくギターとマンドリンをですが)。

 昨日の彼は彼女を連れての逃避行。
 今日の彼は…何とも切ない。
 ひとりぼっちで鈴虫を飼う、と云う涙も誘わんばかりのシチュエーション。
 単行本『スピッツ』に、この曲の背景と取れなくもないようなことをちょろっと
 マサムネさんは漏らしてますが、
 そんなこと女子高生がブログに書いてはいけない気がするので(笑)
 どうしても知りたい人はP211下段を見てください。
 鈴虫だよねぇ…?

 この曲の風景って、4thに入ってる“君だけを”に似てません?
 秋に飼ってた鈴虫が、冬になったら死んじゃってまた部屋にひとりぼっち。
 そんなイメージ。   

    天使から10個預かって
    小さなハネちょっとひろがって

 このフレーズに、脳天直撃喰らいました。
 「10個預かって」ってことは恐らく鈴虫のたまごをもらったのだろう。
 その後「もう一度会いたいな/あの時のままの真面目顔」と来るところ、
 天使=好きな女の子と思われる。
 正直、このうたに関しては逐一私的見解を挟む必要は無いと思う。
 この曲を聴きながら目をつむれば、まぶたの裏に浮かんでくることでしょう。
 寂しいアパートの真っ暗な一室で、膝を抱えてしゃがみ込んで鈴虫と窓ガラスとを
 眺めるマサムネさん少年の姿が…。

 2番の歌詞は割と謎めいているが、ニュアンスはこうだろう。
 一人きりで鈴虫を飼う部屋にいる、引きこもりがちな少年は他人(思うに友人、
 後の「そいつ」に当たる)に言われるがまま自分を変えようとする。  

    乗り換えする駅で汚れた便器に腰かがめ

 美しいメロディラインに対し、何とも美しくない描写です。
 しかし、ここで顔をしかめずにこの状況を考えてみる。
 乗り換えの駅でトイレに行きたくなることなんて人間ざらである。
 そして便器が汚かろうが何だろうが駅のトイレに選択権はない。
 トイレを我慢するか、汚いのを我慢するか…よほど汚くない限り大抵の人は
 後者を我慢するだろう。膀胱炎になっちゃうからね。
 別にわたしは電車に乗ってる最中にトイレに行きたくなった男の話をしているのではなく(笑)
 つまり、この行為は「避けようと思えば避けられないことは無いが避けては通れないもの」
 を表しているのだと思う。
 友達の誘いや意見なんて皆そうだ。
 無視したいなと思ってもこころのどこかでそれを拒むのだ。
 反感を買いたくない…嫌われたくない…そんな経験はないだろうが。
 (このうたの場合は特に友達少なそうだし)
 友達が誘うがまま、たわいもない馬鹿騒ぎに身を投じることは簡単だが、
 そんな自分に疑問を抱く「俺」もどこかにいる。
 それが、「油で黒ずんだ」につづく箇所である。
 「油で黒ずんだ鋪道にへばりついたガム」だなんて、道ばたに落ちている厄介な
 ゴミ以外の何者でもない。
 これが、「そいつ」即ち「俺」誘ったを友人(達)だ。
 かつては包装紙に包まれ多種多様な姿をしていたガムも、ゴミになってしまったら
 虫歯予防も口臭スッキリもあったもんじゃない。
 足の裏にくっついては悔しい思いをさせるゴミでしかない。
 「俺」はそんな生き方をする友人を軽蔑している。
 そしてそれに巻かれ流される自分にも嫌悪の情が隠せない。
 だから、だらしなくしか笑えない。心底楽しく笑えないのだ。

 しかし、再三巡ってくるサビがある。
 彼はそんな仲間から離れて鈴虫とふたりぼっちの生活に戻るのだ。
 大サビで「のどぼとけ揺れて」と歌われているからに、もしかしたら彼は本当の仲間を
 見つけたのかもしれない。
 それはギターを抱えた彼女でもいいし、あるいは、一緒に音を鳴らせる仲間か。
 それまでは「一人きり」で夢を見てても良いと思う。
 人生は長い。焦ることも無い。
 ほんの一瞬を、けなげに懸命に生きる鈴虫でも眺めながらゆめうつつのまま
 夜を過ごしても良いと思う。
 「鈴虫の夜」の夜明けこそが、「俺」の本当の夜明け。

 小さな10匹の鈴虫の方が、60億人の人類よりよほど賢いのかもしれない。
 秋の夜長の鈴虫哲学。


 

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